溝口和洋「一投に賭ける」おすすめノンフィクション

先日Twitterに「一投に賭ける」をおすすめするツイートをしたので、「一投に賭ける」に関してまとめました。

「一投に賭ける」はやり投げで世界1位になったこともある伝説の人溝口和洋さんについてかかれたノンフィクションです。

 

溝口さんのやり投げ人生は壮絶なもので、逸話も壮絶です。
昭和の勝負師っていう感じの逸話が多いです。

 

私はやり投げの溝口さんや将棋の小池重明さん、ボディービルのマッスル北村さんなどの書籍を読むと、この人たちが今生きていて自分のビジネスを持ったら成功するんだろうなと思います。

小池重明はちょっと違うかな?

訳のわからないビジネス書を読むなら上記3名に関して書かれた本を読む方がよっぽど実になると思います。

 

ただ、読んでも自分で考えて行動をしなければ何もならないですけどね。
どの本を読んでも思うことは、どれだけ周りに言われようと自分で考えて自分で実践しています。
そして結果の責任もしっかり自分で…という気持ちで行動しています。

【一投に賭ける】ビジネス書よりもおすすめのノンフィクション

 

下手なビジネス書なんかより全然おすすめです。

 

普通の書評ではありえない構成になりますが、今回は過去に大切な部分をメモしたノートが出てきたのでそれをそのまま箇条書きにしていきます。

 

廃刊になっていて新刊は買えません。
Kindleや電子書籍なら安く購入できますので、是非ご購入ください。
絶対に読んで良かったと思うはずです。

 

  • 自分のやることには徹底的一から追求して、それまで常識とされたことを見直す
  • 世の中の常識を徹底的に疑え
  • 供給を安定させるまでは試行錯誤の連続だった
  • 物事と向き合って具体的に何をすべきかを考えるのは自分自身
  • これが最後だという気持ちで投げ続けた
  • トップ級の選手になればなるほど感覚とセンスの話になっていく
  • やり投げのために生きることを決意したときから、日常生活も含め全てをやり投げに結び付けてきた。
    はしの上げ下ろしから歩き方まで。
    極端に言えばセックスしている最中でも、この動きをやり投げに応用できないかと考え続けてきた
  • 常識とされてきたトレーニングと技術を一度バラバラに解体し、一つずつ試しながら再構築
  • 私のトレーニングはウェイトが100%で、あとの走・跳のトレーニングは付け足しにすぎない
    投擲練習を入れて、大体120%〜140%のトレーニングを自分に課した。
    この100%とは全日本レベルの選手の3倍以上の質と亮がある。
    例えば、12時間ぶっ通しでトレーニングした後、2、3時間休んでさらに12時間練習することもあった。これだけやってようやく人間は初めて限界に達する。

    ただしこれは全てウェイトだけの時間である。
    そこにプラスして、走・跳と、投げの練習が入る。
    これで120〜140%の練習になる。
    つまり肉体的限界を超えているわけだが、そこは精神、俗にいう「根性」でカバーする

  • 自宅や遠征先のホテル、ラーメン屋やマクドナルドなど、どんなところでもアイディアが思いつくと、実際に京都産業大学のグラウンドの角にあるウェイト場に戻って試した。
  • 私にとってウェイトは繊細にして最大の注意を払うべきトレーニングだ。
    ここでウェイトの話をすることは、私自身の説明をすることに他ならない。
  • 意識することが大切
  • トレーニングは常にMaxで行う
    何が限界なのkじゃは人によって違う。
    分かりやすく例えると、他の選手の3倍〜5倍以上の質と亮をやって初めて限界が見えてくる。

 

言っていることがちょっと意味わからなくないですか?
凄すぎますよね。

 

  • トレーニングによって脳にある無意識下の意識をつかむ
    例えば前に倒れるとき人は手をつかないで倒れることができない。
    しかし、練習すればできるようになる。
  • 問題は痛みではなく、あくまで動作が不均衡になることでありこれはその解決策だ。
  • 毎日限界に挑んでいるので週一くらいは休まないとトレーニングの質と量が下がってしまう。
    こうしたことも自分で一つ一つ確認していく
  • 実際には自分の考えでそうしていた。
    誰かがそう言っていたとか、そんな理由で自分の行動を決めたことは一度もない。
  • 誰かが言ったことや、陸上界で常識と言われていることは「本当か?」と必ず疑問に思うようにして、自分で実践して納得するまで取り入れなかった。
    その結果分かったことは、「常識と言われていることのほとんどはデタラメだ」ということだった。
  • やり投げを極めるのに近道などない
  • 万全を期すため、私は考えられることならなんでもやった。
    とにかく考えられることはなんでも試して自分のものにしていく
  • トレーニングは私の存在意義そのものだ。
    それがなければ、生きている意味がない
  • 私はオリンピックに負けたのではない。自分に負けたのだ。
  • 私の陰口を叩いたやつらに仕返しができない。
  • やり投げもゴルフと同じでずっと集中していては上手くいかない。ようはポイントだけ集中すれば、あとはおしゃべりしていても大丈夫なのだ。
  • 技術面の新発見に、コツというものがあるとしたら、これまでの常識を全て疑い、一からヒトの動作を考えることだ
  • 一見自分が馬鹿馬鹿しいと思えることでも、自分が納得するまで繰り返して確認する。
  • 大切なのは実践し、感じ、考えることにある
  • とにかく他人の目など気にしないことが大事だ
    しかしこれが意外に難しいらしい
    例えば知り合いから「そんなの無理だ」と言われれば、どうするだろうか?ここで自分を貫けば、その人との縁は切れてしまうかもしれないが、成功するかもしれない。
  • 本気で競技のために親兄弟をも捨て、本当の意味で命をかける買う後があったなら、成功しただろう。
    しかし、それができる人の方が少ないのである。
    成功するよりも、人であることを選んだのだ。
  • それもまたいいだろう。人の生き方は、それぞれなのだから。
    別に良いも悪いもない。
    だが、私は違う。
    やり投げで世界トップに立とうと思った。だから肉親か、恩師とか女とか、そのような存在は無視すべきものであり。
    他人からどうこう言われようが、自分が納得したらそれを貫き通した。

    素質のない私のような日本人が、やり投げで世界トップに立つためには、それくらいの覚悟が必要だった。

    もしかしたら素質がなかったからこそ、バカに徹し切れたのかもしれない。

 

「嫌われる勇気」という本に書いてあるアドラー心理学を地で行くような人ですね。
もしビジネスの世界で何かを目指していたら大成功したのではないかと思いません?

  • 肩は破壊されるかもしれない
    骨は折れなくても、支えている腱や筋肉が千切れるかもしれない。
    しかし、そんなことはどうでもいい。
  • 考えなくてもできるまで、ウェイトで何度も反復練習し
    実際に何本か投げて体に覚え込ませる必要がある
  • 私の休養とは軽い練習のことだ
  • 常に限界までチャレンジするため絶対にこうするということはない
  • あとは長年やってきた自分の可能性と感覚を信じるだけだ。
    もし、信じられなかったらそういう練習をしていなかったということだ。
  • 外的要因のせいにするのはやめた。
  • 「気合で投げる」のと、「スッと集中して投げる」のとでは全く違う。
  • 私の目標もいつも自己ベストを出すことになる。
    自己ベストとは己の本当の意味での限界のことである
  • 「一瞬に賭ける」という言葉がある。
    この言葉の本当の意味は実際に多くの一瞬を経たうえで、さらに他の誰も達したことのない高みにある一瞬に賭けることにある。
  • 誰も達したことのない高みに達することができた者だけが、唯一その一瞬に賭けることが許されるのだ。
  • 世界記録はもちろん最大の目標ではあった。
    しかし、私はそれ以上にそこに到る過程を大事にしたかった。
  • 勉強、トレーニングで貯金→それを使って勝負

 

溝口さんの懸垂の練習は、まずは普通の懸垂をひたすら続けて、体が上がらなくなったら足をついた状態から体を上げる、それでも上がらなくなったら斜め懸垂をするという話を聞いたことがあります。
手に力が入らなくなって鉄棒が握れなくなったら紐で手を鉄棒に縛り付けて懸垂をするそうです。

 

マッスル北村さんが健在だったら、対談が聞きたかったですね。

 

  • そもそも100m11秒台くらいは努力すれば誰でも出せる
  • 場所や地位、名誉によって研究や考察が深められるという人もいるだろうが、私にはそんな外的要因は必要ないし、コーチもいらない。
  • 私自身が研究室であり、やり投げが私にとっての大学なのである
  • 考える感性やセンスといったものが必要だ
    それは簡単に言えば「自分で考える力」があるかどうか。
    その考える方向は合っているのかということだ。
  • 限界を追求しなければもう少し長くやれたのだが細く長くは私の性分ではない。
    太く短く生きる。それが私の信念だ。

 

現在はトルコキキョウという花を栽培する農業の仕事で成果をあげている溝口さん。
トルコキキョウの栽培を始めた時もやり投げで培ったフレームワークを使って成功を納めています。

 

  • 全て「トルコキキョウの育て方」という冊子を見てあとは自分で工夫した。
  • やり投げのときも「ウェイト・トレーニングの方法」とかいう本で種目を覚えて、あとは自分で工夫してトレーニングしていたが、それと同じことだ。
  • しかし教則本とおなじことをしていたのではうまくいかないのは花もやり投げも同じだ。
  • 究極の自己満足みたいなもので、私などただの「やり投げオタク」みたいなものだ。

 

溝口さんはある時練習で肩の靭帯を切ってしまいます。
引退を考えたそうですが、高校生なみに落ちた体で80mを投げる方法を考えて自分でトレーニングを確率したそうです。
その結果がどうなったのかは書籍を読んでください。

  • 高校生レベルまで落ちたこの体で、どうしたら80m投げられるのか。それを一つ一つ点検し、突き詰めてトレーニングを確率したおかげで、一般の選手にもいろんなことを伝えることができるようになった。しかし、それができるまでは心身ともに非常に辛かった。
  • やり投げが好きだと思ったことは一度もない。
    しかし、やり投げが私の全てだったことは確かだ。
  • やり投げにリラックスなどいらない。
    ただ力一杯投げるだけだ。

 

以上です。

 

途中途中コメントを入れていたので、まとめは省略します。
息子に溝口さんのような人生を歩ませたいのかといったら、悩むところですが充実した羨ましい人生に思えます。

 

是非読んでみてください。

 

 

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この記事を書いたのは高井浩平です。

息子ラブなバツイチ41歳です。
離れて暮らす息子と会うのが何よりの楽しみ!
息子がラブすぎて、教育関係の仕事を初めてしまいました。